Leica(ライカ)の買取対象品

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Leica(ライカ)の買取対象品

カメラファンなら誰もが憧れる最高級ブランド。ブランド名の由来は創業者エルンスト・ライツの名を取り「ライツのカメラ」(Leitz Camera )との意で「ライカ」と名付けられた。1925年に市販一号機ライカI(A)を生産、販売することになった。1932年連動距離計を搭載したライカII型を発売、交換レンズとして1931年にヘクトール7.3cmF1.9、1933年にズマール(Summar )5cmF2が発売され、とりわけ報道写真において卓越した画像を多数提供したため、ライカの名声は不動のものとなった。また1934年に極めて優秀な人物撮影用のレンズ、タンバール(Thambar )9cmF2.2が供給され、現代の写真撮影のライカ判全盛の基礎を確立した。1950年代ごろまでの日本のカメラメーカーはライカを目標にして小型カメラの技術開発を行なっていたが、1954年に発表されたライカM3はレンジファインダーカメラとして当時最高とまで言われるほどの技術を余すところなく投入しており、その性能の高さのあまり日本のカメラメーカーがそろって開発方針を一眼レフカメラへと大転換させるきっかけになった。経営に陰りが出たエルンスト・ライツは1972年、ミノルタカメラとカメラの製造を目的とした両社の特許やノウハウの相互提供、技術者の相互派遣、生産設備の相互利用による生産協力等相互協力協定を結んだ。しかし経営好転までには至らず、スイスのウィルドがライツ一族の株式を買い取った。1974年に生産され1975年に販売されたライカ発売50周年記念モデルを最後にウェツラー工場での生産は途絶え、社員6,500名の過半数を減員し工場も整理され、かろうじてポルトガル工場でライカR3の製造が続けられるだけとなった。この混乱の中で発売されたライカM4-2の初期製品では、検査部門の存在自体疑われるような不良品が流通した。1988年にメーカー名を「ライカ」とし、ウィルドの子会社としてカメラメーカーを立ち上げた。1990年に「ライカカメラ」に商号変更した。
その後エルメスの資本も一時期入り、その時期にはその革を使用した特別モデル等も発売されていたが、経営状態の改善が進まずエルメスは撤退した。2000年、松下電器産業(現パナソニック)と技術協力契約を締結し、レンズの光学系はライカと共同開発してライカのライセンスを受けて生産を行なっているほか、松下からのOEM供給によるライカブランドでの販売も行っている。

Leica(ライカ)買取商品の一例

・あくまでも一例です。記載のない製品も買い取っております。
・色付きの枠の商品はとくに高額での買い取り対象です。

カテゴリ商品名・型番
フィルム一眼レフカメラ本体(銀塩)III F
フィルム一眼レフカメラ本体(銀塩)M2
フィルム一眼レフカメラ本体(銀塩)M5
フィルム一眼レフカメラ本体(銀塩)M6
フィルム一眼レフカメラ本体(銀塩)M6 TTL
フィルム一眼レフカメラ本体(銀塩)M7
フィルム一眼レフカメラ本体(銀塩)R5
フィルム一眼レフカメラ本体(銀塩)R8
デジタル一眼レフカメラ本体S2
交換レンズLeica 1:6.3/10,5 cm Mount Elmar
交換レンズleica elmarit r 180mm f/2.8 3-cam
交換レンズleica hektor 12.5cm f/2.5

Leica(ライカ)の注力商品(一例)

leica m5

Leica M5(ライカ)

M3から続いていたフォルムを大きく変更し、ライカとして追針式TTL露出計を搭載した初のモデル、通称大ライカです。発売当時はこの露出計機構を内蔵する為の、どっしり…

leica m4

Leica M4(ライカ)

1967年から1972年までの間、「M型ライカの完成型」として、社運を背負ってリリースされた名機です。 M3、M2から改良を受け、ラピッドローディングシステム…

leica m3

Leica M3 (ライカ)

数あるレンジファインター式のカメラの頂点にして、以降、連綿と続くM型ライカの基礎を作った傑作中の傑作機。後のM型ライカの基本構造はM3から変わっていない点も多く…

Leica(ライカ)の買取対象品 のジャンル別注力商品